テレビ広告の不調の原因を、経済環境の悪化や流通の寡占化など、業界構造の変化に求める論調が盛んです。一方、私はこのブログで、消費者の視聴態度の変化を強調してきました。以前(1月7日のこのブログで)、みんなが参考にしている視聴率調査に、意図せざる偏向があるのではないか、という主旨の仮説を提示しました。バラエティー番組が受けているという数字が出て、それによってスポット広告が売買されているけれども、実態は数字ほどではないかもしれない、というお話しです。
今日はそのほかにもう一点、ヤバイ仮説を提示しておきましょうか。視聴率調査の母集団を即時視聴者に限ることによって、セッツインユース(テレビ視聴世帯数)が実勢以上にプロジェクトされている可能性がありはしないか、ということです。1月7日の論点を敷衍すれば、当然そうなります。
視聴率数字を裏読みすることでそうだとなると、そこにはさらにヤバイ状況が浮かび上がります。セッツインユースに占めるNHKのシェアがここ数年、目だって上がってきているからです。穿った見方をすれば、NHKは番組アーカイブ化や視聴者の録画視聴習慣の増加を見据えた番組制作スタンス、つまり番組の質の向上を目指しており、それが視聴率の上昇につながっている。一方、民放は空洞化した視聴率を刹那的に追いかけて、スポット広告の営業に明け暮れしている。そんな構図が見えてきませんか。
このような状況が漸進的に進むと何が起きるか。すでに進行中だと思われるのですが、テレビスポットの広告媒体としての性格が変化してしまう。広範な消費者に適切な回数で広告メッセージを露出することが出来なくなり、以前可能だったように知名率を50%(二人のうち一人が知っている過半数)とか、65%(三人寄れば二人が知っている絶対多数)を達成することがテレビでできなくなります。つまり、広告のリーチ・フリクエンシーが以前のような理想的な姿を描かなくなるわけです。テレビ広告の直面する問題(つまり、ほとんどのマーケターの直面する問題)は、まだまだ始まったばかりです。