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人生のリスク管理

土曜日, 12月 20th, 2008

人生には失敗がつきものとはよく言われることだと思うんですが、問題は失敗をどう乗り切れるかです。
屈強な精神で全ての困難を乗り切れる人であれば後は解決するためにその能力を発揮するだけだと思いますが、大抵の人はそうではないと思います。むしろそんな屈強な人こそいろいろな困難を乗り越える事で精神が鍛えられてきたもんだと思います。

人生の最大のリスクは大きな失敗をおかした時にそれを乗り切れるモチベーションを保てなくなることでは無いでしょうか。みずから命を断ったり感情を放棄してしまって生きる屍化した人も大勢いるのではないでしょうか。

モチベーションを維持する為にもっとも有効は手段は無条件に応援してくれる人を周りに数多く持つことだと思います。お金がなくても、体にハンディキャップがあったりしてもです。それってつまりは家族の事ですね。

「愛が無い人生なんて虚しい。」と文学的に生きるのも素敵なことかも知れませんが、「万が一の為に保険に加入すしよう。」というのと同じレベルで家族の事を考えて見ても良いかもしれません。リスク管理として家族を作る。リスク管理として家族を大事にする。何となく過ごすのでは無くリスク管理のためにやるべきタスクを日常的に行なう。その中でもっとも重要なタスクは寝食を共にする人との間で愛情や友情を感じてそれを表現する事では無いか、と何となく思っています。

時代の鏡はアートを写している

日曜日, 12月 14th, 2008


TOKYO WRESTLING ARTS

Originally uploaded by hidelafoglia

プロレスのスタイル、プロレスラーは時代を映す鏡ともいえると思います。
力道山の時代は強い外人を倒して世界に挑む日本人でした。
アントニオ猪木が戦ったのはルールに沿って形骸化した仕事を淡々とこなす心ない権威側の人間だったかもしれません。

時代はアート的な感覚、デザイン力を日常的のちょっとした活動にも表現して生きる人間を求めているのでしょう。それはファッションの様なもので、社会に出ている人はただ服を着ればいいというのもではないのです。ただカロリーを得るために食べ物(といわれているかたまり)を口にすればいいというものではないのです。現代の人はただ仕事をこなせばいいという訳には行かないのです。
by hdknr.com

花のない生活

土曜日, 12月 13th, 2008


Flower in the Graveyard

Originally uploaded by hidelafoglia

冬になると街から花が少なくなってさみしいですね。

ここのお墓はいつも(たぶん毎日)お掃除されて花がいけられています。なんとなくそれだけでここの家族の方々はちゃんとした幸福を感じて暮らしてらっしゃるような気がします。先祖を大事して生きているだろうということを含めてです。

生活の足しになるかどうかで言えば、花はそのほとんど最後にくるものだと言う人はほとんどかもしれません。特に若い男性は花のことなど考えて暮らしてはいないでしょう。私もそうでした。

でも私たちは人生を生きている訳で、生活の足しを得るためだけに存在している訳ではありません。日々すごしている中で生きている実感や幸福感はお花にどれだけお金をかけられるかで量れる、と考えてみてはどうでしょうか。

美しさを感じることや、それを誰かと共有すること、共有する誰かがいること、そんなことが生きていることでもとも重要なことであると言うのであれば。
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共生

日曜日, 12月 7th, 2008


Gaien/Aoyama/Nogizaka

Originally uploaded by hidelafoglia

毎日の散歩の楽しみのひとつは野良猫にあうことです。

私の住んでる周りの野良猫たちの実態は”外飼い猫”で、実際は近所のおばさんがごはんをあげたりしています。

野良猫の対処に関しては町ごとのルールとかあったりするので私はごはんをあげることは決してしませんが、ごはんをあげているのはおばさんがほとんどだと思います。

おばさんというのはきっと元来から世話付きな性格を持っているから野良猫のことも心配でかまってあげずにいられないのでしょう。猫が嫌いな人がいたりとか、発情期にうるさいとかあったりするので、自腹を切って避妊手術をしてあげる人もいるようです。

猫にごはんをあげるおばさんを考えると、子供のころ青森の田舎の家ににぎり飯をもらいに来る男の人が時々やってくることを思い出します。きっと本州最北端の地に旅行に来た人だったりしたのでは?と今は思いますが、うちのおばあちゃんが大きいにぎり飯を作ってあげていたことを覚えています。もちろんお金などもらっていなかったです。

社会に直接役に立たない野良猫なんて殺してしまえ、という人もいるでしょうが、社会に直接役にたたない人に対してもそう思っているのでしょうか?

訳あってこの世に生まれて社会を構成しているわけで、役に立つとかたたないとかで存在意義を判断することは問題ですよね。「役に立つ度」はなんで計ります?個人のGNPですか?年収がある人ほど役にたっているんでしょうか。

社会に役にたたないと思われる人に対してはおばさんのおせっかいてきなマインドが潤滑油になっているのではないか、と散歩で猫を見るたびに思ったりしています。闘争的な男のマインドだけだったら弱者は淘汰されてしまうような気がします。弱者を淘汰してしまうことは社会の規模を小さくすることで結局は淘汰した本人に影響が訪れるような気がします。

( 補足:そういえば写真右側の三毛猫は後ろの左足が不自由です。たぶん車に惹かれたんだと思います。春ごろは普通に歩いていたような記憶があります。)

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人間合理的に生きるために

土曜日, 12月 6th, 2008



Autonomous Node Economy (behavior study)

Originally uploaded by Michael Ingrassia

父の世代は経済合理的に生活していくと生活が豊かになっていくことを家族が共感できた時代だった。共感があれば仕事人間であっても結果に対する満足感を感じることができたろうし、つらいときに浮かぶ家族の笑顔で乗り切ることもできたんだと思う。

そんな幸せな時代が20年ほど前に終焉し、現代は経済合理性を最適化して考えれば考えるほど不幸せになっていく時代になっているのではないだろうか、というのが最近思うことです。特に第3次産業に従事されている人々は、自分の経済的インカムをあげようとがんばればがんばるほど、マーケットの中での同業他社との競争が激化するため結局のところ努力の結果はサービスのディスカウントや投資にまわされた結果自己へのリターンは期待したほどでもなく、さらにそのなかでがんばればがんばるほど自分に課せられる仕事がどんどん増えていく、というパターンになっているような気もします。極論ですが。

家族が週末100円回転寿司で夕食をとるのは、家事というものを労働として価値判断し、それだったら2時間分の母の労働時間を外食にまわせば時間が浮くので経済的に合理的である、という考えが潜在的にあるあずだ。いまでもたいていの父親は「家事という労働」を共有している割合は少ないだろう。

でも、家族との食事をそれを計画するところから考えて一緒に作ったものを楽しんで食べるというプ「レジャー」として考えるとその2時間のかつて労働と判断されたものの価値は違った形で家族にリターンされるはずだ。そして100円回転寿司ディナーに投じた同じ金額で製作された食事ははるかに美味なはずである。

人間合理的に生きるということは、武道とか極道とか同じような「道」的なプラクティスが必要なので、何かの本を1冊読むと理解して実践すればすぐに実感として理解できるということではない、ということが難しいところだと思います。子育ての喜びはやってみないとわからないとか、子供を育ててみて初めて自分が成長したと感じる、とかと同じ類の話でですね。

生活スタイルや人生のリスク、プレジャーに関する考え方と体験の仕方が大きく変わってしまい、古くから確立されたしきたりとか慣わしなどの生活の基本動作基準が適応できなくなってきていることが現代の我々の生活に混迷の理由でしょうね。これからの時代を人間合理的に生きるための知識の創造と共有が求められているいると思います。

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銀杏も色づきました

日曜日, 11月 30th, 2008



Jingu Gaien

Originally uploaded by hidelafoglia

外苑の銀杏並木もいい色になりました。

千駄ヶ谷小学校の交差点の山桜も紅葉しています。
月曜日から今年最後の月が始まります。
がんばりましょう。

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毎朝の散歩

土曜日, 11月 29th, 2008


Leaves on the way to the Nursery Party

Originally uploaded by hidelafoglia

毎朝一時間ぐらい散歩しています

前はジョギングしたりだったのですが、どうしても熱中してしまう性格のせいかだんだんハードになって疲労が蓄積して終いには風邪をひいたり足を怪我したりとかで結局途中リタイアになるケースがほとんどでした。

半年以上ほぼ毎日散歩していますが、子供が突然走り出したりしたときも息が上がったりしなくなりました。ほかの理由もあるでしょうが、信号待ちでストレッチしたりしているせいか肩こりも軽くなってきたような気がします。

試験とか資格を取るとかと違って、健康のようにゴールがないもの、おそらく職業、子育て、家庭の幸福感、これらすべては一度に集中してやると結果が得られるといった類のものではなく日々淡々と作業を行う中で形成されてより良くなっていくものではないでしょうかね。

なんて、散歩始めてから思うようになりましたよ。
by hdknr.com

( Flickrから投稿しています。こちら参考に!)